おがた林太郎個人ブログ

治大国若烹小鮮

中立性

 公務員制度改革の中で「公務員の中立」ということが議論になります。結構、内閣委員会では良い議論が展開されています。「中立」と言うのはとても簡単なことなのですが、実際にそれを追及していこうとすると難しいところがあるのです。


 まず、ここでいう「中立」というのは、すべてにおいて中立なのかというと、多分そうではないのです。政権党がどうなろうとも、行政はそれに我関せずで我が道を行くということではないでしょう。公務員が守るべき中立というのは、行政が自分達の考える中立を政権に対しても押し通すということではないはずです。それは中立ではなく、行政が政治に対して独立していることになってしまいます。


 中立というのは、政権党がどの政党であろうとも、その政治的な方向性をきちんと執行すべく最大限の尽力をする、ということなのでしょう、一般的には。つまり、政権党の枠内での中立性ということになります。私なりに言いかえれば、政治に対して消極的に中立(政権の方向性に一切関与しない)ではなく、積極的に中立(常に政権の方向性に従う)ということになります。


 あくまで「一般論としては」このあたりまでは、多分大半の方の同意が得られると思います。ただし、ここで気をつけなくてはならないことが2点あります。一つ目は、そうは言っても、その時々の政権の枠内で中立ということの結果として、特に長期政権になってくれば、結果として行政は政治と一体化し、本当にそれが中立なのか、という議論が惹起されてくるでしょう。二つ目は、では行政は常に政治の打ち出す方向に従順であるべきなのか、それを諌める行為は常に禁じられているのか、ということです。まあ、政権交代時にあまり行政の継続性・連続性を強調し過ぎることは戒めるべきですが、かといって行政がそれを諌める行為がすべて禁じられているというわけでもないでしょう。


 最後はさじ加減なのでしょうが、政権交代が起こりうる世の中になった今、「行政に求められる中立性とは何か」ということは真摯に議論されていいはずです。結局のところ、「行政が特定の政治的意思を有しない」ということかと結論付けたくなります。しかし、これとて「政治的意思」とは何ぞや、という新しい問題を惹起するだけです。


 そう思って、頭の中でシミュレーションをしているのですが、最後の最後はこんがらがってきました。