おがた林太郎個人ブログ

治大国若烹小鮮

内閣法制局

 政治主導の一環として、内閣法制局長官を国会答弁から外すということが結構大きなテーマになっています。これまでは内閣法制局長官が「憲法解釈」を国会の場で行うということになっていたことから、法制局長官が憲法解釈の継続性を担保する存在であり、そこを外すということは「政治主導で憲法解釈を変えていこうとしている」ということなのだ、という理屈のようです。


 実はこれは右派、左派(という表現は好きではありませんが)双方から批判が出てきています。右派からは「国会審議でギリギリ詰めた議論ができなくなる」みたいな感じでして、左派からは「9条解釈改憲への企て」ということになっています。


 しかし、内閣法制局が憲法解釈をするというのは、如何なる根拠があるのかということを調べてみました。こういう時は内閣法制局設置法を見る必要があります。


【内閣法制局設置法第三条】
 内閣法制局は、左に掲げる事務をつかさどる。
一 閣議に附される法律案、政令案及び条約案を審査し、これに意見を附し、及び所要の修正を加えて、内閣に上申すること。
二 法律案及び政令案を立案し、内閣に上申すること。
三 法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること。
四 内外及び国際法制並びにその運用に関する調査研究を行うこと。
五 その他法制一般に関すること。


 何処にも憲法解釈をする権限は書いてありません。「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること」の中で、法律の憲法適合性を判断すると考えることはできないわけではないでしょうが、それとて「内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に意見を述べる」に留まるわけでして、内閣法制局そのものが憲法を解釈する権限を持っているとまで言うことはできません。


 普通に考えれば、これまでも憲法解釈についてはその時々の内閣が責任を負ってきたわけでして、それを内閣法制局長官があくまでも政府特別補佐人として答弁していただけです。その答弁には内閣は責任を負ってきたわけです。それ以上でも、それ以下でもありません。これを否定する政治家はいないはずです。


 その責任をこれからは国務大臣が負っていくということは何ら変なことではないわけでして、内閣法制局長官でなければ憲法解釈の一体性を保障できないと考えるのは、それこそ「政治主導」の最たるところを否定することになるわけです。勿論、内閣法制局の知見というものは既に絶大なる信頼性を構築しており、これまでもこれからも尊重されるべきものです。


 先の内閣から、国務大臣の中に法令担当が置かれるようになりました。鳩山内閣では枝野大臣で、菅内閣では仙谷大臣です。このお二方は弁護士出身ですから、その役割を担う十分な素地があります。今後、(法曹出身であるかどうかはともかくとして)十分な法的素養がある人が国務大臣として入っていくべきことは言うまでもありません。でないと、信頼性が損なわれてしまいますから。


 こうやって考えていく時、この内閣法制局長官を国会答弁から外す議論が不毛で歪な気がするのは私だけなのでしょうか。