おがた林太郎個人ブログ

治大国若烹小鮮

IWC

 最近、あちこちで「日本はIWCでのお仲間作りのためにODAの無償資金協力援助をチラつかせて圧力をかけているのではないか?」という批判があります。私は「ありとあらゆる手段」を使って、日本の捕鯨を守るべきであるという考えの人間ではあります。しかし、それでもあまり気持ちの良くない思いをしたことがあります。


 昔、セネガルに勤めていた時のことです。年に何回かは水産庁国際課の企画官と呼ばれる人が出張してきていました。西アフリカの北大西洋沖は、海流が北上していくため良い漁場になっています。特にモーリタニア、セネガル辺りの排他的経済水域はかつては日本の漁船がどんどん出てきていました。今は買い付けが主になっていますが、いずれにせよ、日本にとってとても重要な漁場を提供してもらっています。


 その対価としてだったのでしょう。よく水産庁国際課企画官がよく来ては、水産無償という名前で水産分野(漁場の整備、漁港整備、漁民への機材提供等)への無償資金援助案件を作りに来ていたようです。常に水産関係のコンサルタントを従えており、細かな作業はコンサルの方に振っていたようでした。ともかく、その企画官が非常に威圧するかたちでコンサルの方に接していたので、まだペーペーの書記官だった私にも「ああ、このコンサルの方達は水産庁の企画官には逆らえないのだな」ということがよく分かりました。


 一度だけ、私が上司の代理として、出張に来ていたその企画官の出張報告を聞く対応をしたことがありました。まあ、態度の悪いこと、悪いこと。私も大使館を代表している身なので、今後、任国でどういう水産無償が実施されていくのかということについて、あれこれと質問してみました。その企画官からは明らかに「もう、おまえみたいなヤツに応えるのは鬱陶しいから、オレの報告に質問などせず、さっさと書類を上司にあげろ。」という反応が返ってきました。そこから読み取ったのは「この水産無償は、水産庁が大事だと思う案件を、水産庁の判断によってやるのだから、外務省や大使館は四の五の言わず書類を回せ。」という姿勢でした。それ以来、私はずっと「水産無償」というスキーム自体が好きにはなれません。外務省幹部にも「もう止めていいんじゃないんですか?」と先日話しました。


 勿論、私が知る限りでもセネガル、モーリタニアでの水産無償の成否というのは微妙でした。勿論、成功案件もありましたが、相手国に無償資金協力をやってあげること自体が自己目的化してしまうが故に、必要のない農村開発案件や機材供与案件を実施したあまり、むしろマイナス効果をもたらしたケースを複数知っています。


 いずれにせよ、それ以来、私は「水産無償」が好きにはなれなかったのですが、その数年後、全く別の機会にまた「水産無償」に出会う機会がありました。


 私がWTO農業交渉を担当していた時代のことです。ある時、農林水産省から「是非、農業交渉とODAとの関係について相談したい」ということで相談事がありました。何のことかと思ったら、「ODAをダシに使って、WTO農業交渉で途上国を日本の主張に乗ってくるようにしたい」ということでした。なんで、そんなことを言うのかなと思ったら、「今の交渉担当次官が前水産庁長官で、クジラの関係でその手法が上手くいったから、WTO農業交渉でもやるべきだと強硬に主張している」ということでした。


 しかも、与党の部会で外務省の局長が「農業交渉においては、政府のありとあらゆるリソースを動員して交渉に臨むべき」といった趣旨の発言をしたことをとらまえて、「あの時、ああ言ったじゃないか(。だから、ODAを農業交渉のツールとして使わせろ。)」といって農水省から詰め寄られた際には、「おまえ達みたいに、与党の部会での議論のすべてを金科玉条のように扱う輩が霞が関にいるから、与党の事前審査制が力を持ち、政治が歪むのだ、バカ!」と感じました。如何に与党の部会に力を持たせ、歪んだ議論を助長してきたかという良い例です。


 まあ、交渉の内幕を知る者として、そのODAを使う手法が到底上手く行くとも思えませんでした。クジラでその手法が上手くいったとするなら、それは相手の国が捕鯨に関心がなかったからであり、生活に直結するWTO農業交渉と一緒に考えること自体が不毛です。その他、種々の事情があり、その手法は全く実現しませんでした。


 ・・・、ということで、今日は別に何の結論もありません。こんなやり取りが、それなりに真摯に霞が関の中では行われているというご紹介のようなものです。